
便利な世の中になったもので、最近のツーリングではスマホのナビアプリが手放せません。しかし、ナビの設定を距離優先や渋滞回避にした結果、とんでもない道に案内されてしまうことはライダーあるあるの一つです。ついさっきまで快走していた広い道路から外れ、民家の脇を通り抜け、気がつけばセンターラインが消え、アスファルトがひび割れ、最終的には道路の中央に苔が生えているような細い山道へと誘い込まれることがあります。
いわゆる酷道や険道と呼ばれる荒れた道に大型バイクで迷い込んでしまったときの焦りは、並大抵のものではありません。Uターンをしたくても道幅が狭すぎてできず、進むも地獄、戻るも地獄という状況に陥ると、ヘルメットの中で冷や汗が止まらなくなります。落ち葉や砂利にタイヤを取られないよう必死にハンドルを抑え込んでいると、身体中に無駄な力が入り、余計に不安定になってしまうものです。そんな極限の緊張状態にあるときこそ、心を鎮めてくれる音楽の力が必要です。パニックになりそうな自分を落ち着かせ、無事にこの道を脱出するための冷静さを取り戻させてくれる楽曲をご紹介します。
荒れた路面と対峙するためのメンタルコントロール
予期せぬ悪路に遭遇したとき、ライダーにとって最大の敵は路面の砂利でも苔でもなく、自分自身の恐怖心です。怖いと思って体が強張ると、繊細なアクセルワークやブレーキ操作ができなくなり、結果として転倒のリスクが高まってしまいます。特にフルカウルのスポーツバイクや重量級のツアラーに乗っている場合、足つきの悪さや車重の重さが恐怖を増幅させます。一度バランスを崩せば、誰もいない山奥で立ち往生してしまうかもしれないというプレッシャーは相当なものです。
このような状況下では、テンションを上げる曲や攻撃的なロックナンバーは逆効果になりかねません。リズムが速い曲を聴くと、無意識のうちに心拍数が上がり、操作が雑になってしまう恐れがあるからです。必要なのは、張り詰めた神経を緩め、深呼吸を促してくれるような穏やかな音楽です。まるで母親に背中をさすられているような安心感や、大自然の中に身を委ねるような包容力のある楽曲が、凍りついた思考を溶かしてくれるでしょう。焦らず、ゆっくり、一歩ずつ進めば必ず出口はあると自分に言い聞かせるために、BGMは限りなく優しいものであるべきです。
恐怖心を和らげる鎮静剤のようなメロディ
酷道脱出の鍵は、低速での安定した走行です。時速数キロメートルという歩くようなスピードで進むとき、耳元で流れる音楽はエンジンのノッキング音やタイヤが砂利を踏む音を和らげるクッションの役割を果たします。美しい旋律や優しい歌声に意識の一部を預けることで、目の前の恐怖から少しだけ距離を置くことができるのです。それは現実逃避ではなく、パニックを回避して安全運転を遂行するための高度な精神統一の手段といえます。
また、歌詞の内容があまりに複雑だったり、物語性が強すぎたりすると気が散ってしまうので、シンプルで普遍的なメッセージを持った曲や、声そのものが楽器のように響く曲が適しています。古い名曲やスローテンポのバラードは、どんなに荒れた道であっても、そこを一つの映画のシーンのように演出してくれる効果があります。どうせ引き返せないのなら、このスリリングな冒険をドラマチックなBGMとともに乗り越えてやろうという開き直りの精神も時には必要です。無事に広い国道に出たとき、その曲は一生忘れられない命の恩人のような存在になることでしょう。
絶体絶命のピンチを救う癒やしの名曲たち
苔むした道路で立ち往生しそうなパニック状態のときに、心を鎮めてくれる楽曲をご紹介します。
The Beatles / Let It Be
まず聴きたいのが、ビートルズのLet It Beです。なすがままにというタイトルの通り、今の状況を受け入れ、流れに身を任せることの大切さを教えてくれるこの曲は、パニック状態の心に驚くほど染み渡ります。ポール・マッカートニーの優しいピアノと、苦難の時でも知恵の言葉を授けてくれるという歌詞は、出口の見えない山道で祈るような気持ちで走るライダーの精神的な支柱となってくれるはずです。焦っても道は良くならない、ならば今の状況を受け入れて淡々と進もうという悟りの境地へと導いてくれます。
Louis Armstrong / What a Wonderful World
次に提案したいのが、ルイ・アームストロングのWhat a Wonderful Worldです。荒れ果てた路面と対極にあるこの素晴らしき世界というタイトルは一見皮肉のように思えるかもしれませんが、あの独特のかすれた温かい歌声を聞くと、不思議と力が抜けていきます。緑の木々や青い空を歌うこの曲は、視線を足元の砂利から周囲の景色へと広げてくれます。恐怖で視野が狭くなっているときに、ふと顔を上げて周りを見る余裕を取り戻させてくれるのです。どんなに厳しい道でも、自然の一部なのだと割り切ることで、恐怖心が少しだけ冒険心へと変わるかもしれません。
Enya / Only Time
そして最後に、エンヤのOnly Timeをおすすめします。透き通るような歌声と幻想的なサウンドは、ここが日本の酷道であることを忘れさせ、まるで神話の世界に迷い込んだかのような錯覚を与えてくれます。時の流れに身を委ねるようなゆったりとしたリズムは、半クラッチで耐え忍ぶ低速走行のペースメーカーとして最適です。焦る気持ちを浄化し、ただ淡々と前に進むことだけに集中させてくれるこの曲は、精神的な鎮静剤として最強の効力を発揮します。
これらの曲を味方につけて、どうか安全に酷道を脱出してください。
